白蓮樓/霹靂布袋戲 »  布袋戲簡介

布袋戲 (budaixi) (ポーデヒ、プータイシ)
傳統布袋戲
 正確なところは資料不足で分からないようだが、中国明末期から清初期に閩南地区(福建泉州)で発生したとされている。19世紀の初~中頃、布袋戲は大陸からの移民と共にに台湾へと伝わった。その後大陸とは異なる独自の変遷を経て形成されていったのが「台湾布袋戲」である。
 この「台湾布袋戲」を示す名称にも幾つか種類があり「掌中戲」「木偶戲」「布袋戲」の三つがメイン。なかでも劇団の名称には「掌中戲」が多く使われているそうだ。
 「布袋戲」という呼称自体の由縁にも幾つかあり、
  • 用いる木偶は頭部と手脚以外の体部分を四角い袋状の布のようになっている
  • 早期に用いられていた演劇台が大きな布袋のような形をしていた
  • 劇の終了後に一式を大きな布袋に入れて持ち運びした
  • 舞台の下に布製の袋のようなものが張ってあり、上演する木偶をそこに並べて順次手にした
というようなものが主だった説である。

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  大陸から伝わた後、独自に発展してきた「布袋戲」だが、根本的な特徴「台詞は一人、両手で操偶、頭部は木雕」という三点は不変であり、繊細な演技術と人形や舞台の精緻な造型が特徴。人形の構造は実際の人間の縮小版で、両手両脚を使い複雑な動きが可能になっている。
 演じ方は全く違うが、日本の「文楽(人形浄瑠璃)」を想像するとややイメージが近いかもしれない。多くの人形劇が子供向けであるのに対し、台湾の「布袋戲」は子供から大人までが楽しめる国民的な娯楽文化になっている。
 伝統的な戲偶の大きさは30cm前後。基本的な役柄として生、旦、淨、末、丑の五種類がある。
  • 「生」は劇中の男性。正義の味方がこれに分類される。さらに年齢や身分によって小生、武生、老生、鬚生などにも細分される
  • 「旦」は劇中の女性。花旦、武旦、刀馬旦、老旦などに細分化
  • 「淨」は「花臉」とも言われる。強烈な個性(特殊な性格)を持つ役柄がこれに分類される
  • 「末」は老生から派生し、中年以上の男性を表す
  • 「丑」はふざけた性格の役柄。造形も滑稽なものになっている
傳統布袋戲 このほかに「雑」もあり、これは鳥獣や僧侶、仙翁、神怪などもこれに含まれる。

 「布袋戲」を演じる為に不可欠なのは、「五音」と呼ばれる発声を習得する事である(そうだ)。この「五音」は生、旦、大花(淨)、公末(老生)、丑の声で、更に訓練を積み、鼻・唇・歯・舌・喉・丹田からの発声をコントロールする事で一人で十数種類の演じ分けが問題なく出来ようになるらしい…。

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 台湾に伝わった初期には「南管布袋戲」「潮調布袋戲」「白字布袋戲」等、移民の出自により様々な様相を見せていたが(用いる楽曲の形式による)、1896年以後には「北管布袋戲」と呼ばれ南管音楽等から北管音楽へと移行していった。
 日本統治下で一時期禁止された後、1941年には日本の政策に沿う形で再び解禁される(皇民化)。その後の1950年代には反共抗俄布袋戲が盛んになった。 1950~60年代には「金光布袋戲」という演出が大きく変わった商業的な布袋戲として観客の目を惹くようになる。 この「金光布袋戲」は「台詞は一人、両手で操偶、頭部は木雕」という「布袋戲」の原則は保持しているが、それまでの伝統布袋戲と比べ演出・音楽・舞台等まったく異なったものになった。もともとは「金剛」であったようだが、台湾語で「光」と「剛」が同音であったこともあり、「金光」が定着した。
 1961年、台湾のテレビ時代が到来すると、「電視(TV)布袋戲」が形成された。黄俊雄の『雲州大儒侠史艶文』が放映され、テレビ独自の技術を取り入れた新しい形態として発展していく。
 当時、いわゆる布袋戲劇団の「おっかけ」や雲州大儒侠史艶文を見る為にテレビの前に釘付けになり、寝食を忘れて熱中するというような社会現象まで起きたということである。又学生が学校を休むなどの社会問題も発生したらしく1974年に一時期放映禁止となった。
 その後1980年代に無事復活を遂げ、80年代後半に黃文擇、黃強華により霹靂衛星電視台という専用チャンネルまでが設立された。 そこで放映されているのが映画技術を導入した新しい作品作りの霹靂系列(シリーズ)布袋戲の諸作品である。
霹靂シリーズのほかに、『天子傳奇』や『火爆球王』、『黒河戦記』、等が存在する。
傳統布袋戲

布袋戲偶頭

参考資料:  『台灣小百科・民俗館: 台灣布袋戲』 稲田出版
『台灣布袋戲表演藝術之美』 吳明德 著 台灣學生書局

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 黃文擇(口白担当・八音才子と呼ばれる)、黃強華(編劇担当)兄弟が成功させた娯楽路線の新時代「布袋戲」。
 1992年に「大霹靂節目綠製有限公司」が設立され、2000年には「霹靂國際多媒體」と改名。製作部門、霹靂衛視(放映)部門、海外部門、周辺商品部門、経営部門などを含む一大組織へと変貌した。
1996年には霹靂の公式ウェブサイト「霹靂布袋戲網站」が成立、2000年には「E-PILI」へと改名。公式後援会や非公式後援会も数多く設立され、現在も様々な活動が繰り広げられている。霹靂シリーズは既に千集を超える撮影がされており、今なお新しい作品が作られている。 もともと革新的な作り方をしてきたこの霹靂シリーズであるが、特撮技術の進歩と共に映像効果も更に派手になってきてその娯楽性を高めている。
 映画「聖石傳說」の公開、日本ではラジオドラマ「聖石傳説 異聞 霹靂双星伝」の製作、アメリカのカートゥーン・ネットワーク(Cartoon Network)でも編劇されたシリーズが放映されたりと国際展開を視野に入れた活動が意欲的に行われている。
霹靂イメージ

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